そういえばさよならを言い忘れた、とふと思った。
今更、と自分でも思ったのはホコリ臭い段ボール箱を何個か開けたときのことだった。
Moving
ダンボールが並ぶゴチャゴチャとした部屋に、あーあとため息がこぼれる。
急に決めた引越しだったけど、いやあ、今日で何回目だかわからないけどこのダンボールを見るとぐったりするなー。
コレを全部片付けなきゃいけないんだもんな。やだなー…眠くなってきた。
「母さん、俺の服とかはどこにあんの?」
「どっかのダンボールの中よ。そんなことより食器出すから手伝って!」
そんなことって、とモゴモゴ文句を口の中で言いながら、しょうがないから母さんの所に行った。
タオルで汗を拭きながらなんだか忙しそうな母さんは、俺を見るなりわざとらしくよけてあるいくつかのダンボールを指差した。
「食器出し終わったら、次は居間の掃除とセッティングね。自分の部屋はあとでだからね、ちょっとお父さん! いつまで話してるの?」
玄関先で引越し業者と話していたお父さんの、やべっという声が聞こえてきた。
ほんとに、話し好きなんだからなー。
「兄ちゃんは?」
「まだ炊飯器とか運んでるわよ……そういえば、あの子もいないわね? お兄ちゃんの邪魔してないかしら。ちょっと妹探しに行ってきなさい。」
「食器はいいの?」
「頼んどいてなんだけど、アンタは座ってたら寝そうだし…お父さんにやらせるからいいわ……お兄ちゃん手伝うのよ。」
「はーい」
母さんは人使いが荒いって言うか、上手いって言うか……
あくびを噛み殺しながら、俺は家を出た。
新しい木の匂いのする家の外は、まだ夏の太陽がギラギラしていた。
「もう8月も終わるのにな。」
父さんがそう言って、俺と入れ替わりに家へ入っていった。
家の前に横付けされてるトラックから、兄ちゃんが顔を出した。
「ジロー、そういやお前のケータイ鳴ってたぞ。」
トラックから電子レンジを取り出して、ホラ、と兄ちゃんは俺のオレンジのケータイを投げた。
青色に光ってるランプが、メール来てるよと言っている。
「えー誰からだろ?」
「そんなのしらねーよ。中にまだあるから、先にそれ家ん中に持ってけよ。」
自分でケータイの話したくせに! と思ったけど、トラックの中を覗いたらしょうがないやって思った。
薄暗いトラックの中には、もう炊飯器とかタンスとかはなかったんだけど。
かわいい妹が、グッスリ寝てた。
「はい、じゃーとりあえず一回ご飯食べましょうか。」
一応それっぽくなった居間から、母さんが声をあげた。
ダンボールの中から雑誌とか教科書とか、何か色々とりあえず出してた俺はやった! と部屋を飛び出した。
念願の1人部屋、2段ベットから解放! と喜ぶ間もなくダンボールを片付けるのは、ほんっと俺には合わないとつくづく思ってたんだ。
母さんナイス!
「ジロー、今日部活休むってちゃんと言ったの?」
「んっ」
引越しだから、ソバ。
母さんがどんとつゆを置いて言った言葉に、俺はペコちゃんの顔で答えた。
「跡部君に怒られるわね、かわいそうに。」
「自業自得だからいいんじゃねえの。」
「跡部君は責任感が強いからなあ。」
「年下のくせになんかむかつくんだよな、あいつ。」
「あとべにーちゃんさあ、おそばしってるのかなあ?」
「それくらい知ってるんじゃないの?」
「話しずれてないか、母さん。」
「ぶかつのはなしだよね」
……俺は、ゆっくりとポケットに入れぱなしだったケータイをそっと取り出した。
何この尋常じゃないメールと不在着信と留守電の数。
「…………」
絶句した俺を、兄ちゃんが横目で見て言った。
「ソバ食ってからにしろよ。伸びるからな。」
「そうする。」
その後、
新しい部屋中に染み入るような跡部の怒声に、俺は耳がしばらくキーンとなった。
文句を言ったら何を言われるかわからなかったから、しょうがなく黙って聞いていた。
でも夜に、滝がクスクス笑いながら電話で教えてくれたんだけど、あのね、聞いて驚いて。
俺が余りに遅いから家まで行ったら、閉店って書いてあったから部活休みにしてみんなで探し回ってくれたんだって。
「あの時の必死そうなみんなの顔ったら…」
クスクス笑う滝は、1人1人がどうだったかを詳しく教えてくれた。
「もちろん、俺も心配したんだからね。ちゃんと引越しと、お店の移転については言っておいてよね。閉店の文字だけで、誰もちゃんと読まなかったせいだけどさ…」
「でもさー、滝、俺も今朝知ったんだよー?」
「………さすが芥川家だね。」
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移転直後に書き上げる予定だったのに、あれ、今…?
夢ではありませんが、一応こちらに。